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努力が楽しくなる方法 継続のコツ

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どうすれば努力を継続することができるのか。楽しく努力する方法について。エジソンの名言から努力のコツについて探ります。発明王エジソンがなぜ努力を継続し続けられたのか。それは努力の本質を見抜いていたからです。ほとんどの人は努力をしてもあきらめます。なぜ普通の人々が努力をあきらめるのかというと、期限に間に合わないからです。あるいは努力する環境が整っていないからです。

努力を継続するコツ

受験のように時間制限のある勉強の場合、環境が結果に大きな影響を与えます。教材と反復学習ができる静かな場所が必要です。そして遊び時間をなくすことが凡人にとって重要です。天才の場合は幼少期より言語または数学のスキルの獲得が早く、凡人のような努力をしなくても能力を身に付けることが可能です。

時間を確保する

平凡な人が優秀な成績を収める場合、どうしても勉強時間を長く取る必要があります。遺伝的に天才に準じた頭脳を持っている場合、勉強時間はその分だけ短くて済みます。なので、努力が報われやすさは遺伝的な要素が影響しています。平凡な人が受験競争をする場合は努力する時間を長くとるしかありません。

あきらめない

遺伝的に知能が高い人はあきらめる必要は無いと思います。繰り返し努力を続けた結果、休んでいる賢い人に追いつくこともあり得るからです。ほとんどの人は成功の直前であきらめてしまいます。あきらめる人がいるおかげで、あきらめなかった1%の人だけが成功できるのです。

継続する

継続は力なりという諺どおり、続けるしかありません。音楽やスポーツなど体格や時間、費用的に限界があって続けられる環境にない場合、最初からあきらめて別の努力を試みたほうが得かもしれません。ほとんどの人はいいことがあるまで努力せずに待ったり祈ったりしています。

「楽しいことがありますように。」「いいことが起きますように。」

この祈ること自体は無駄ではありませんが、祈るだけで何もしないのであれば何もいいことは起きません。

失望しない

努力が実らなかったからといって失望する必要はありません。エジソンは「どんな失敗も新たな一歩となる」と言っています。勤勉であること、頑張ること、常識を守ることで価値ある仕事をやり遂げることができるのです。

引退しない

エジソンは「自分の葬式の日が引退の日だ」と言っています。老年になっても続けられる職業はいくつもあります。大病を患ったくらいで働けなくなることはありません。頭と手足が動く限り、努力を辞める理由はありません。

一つの仕事に集中する

平凡な人は一日の間に何種類もの仕事をこなしています。エジソンは発明することだけに仕事の時間を使いました。そして彼は「決して時計を見るな」と言っています。

失敗から学ぶ

うまくいかなかったことから学びましょう。しかしうまくいかない方法をまた繰り返してはいけません。何通りものやり方を試してみることで1回の成功が掴めます。

考えること

エジソンは「成功しない人がいるとしたら、それは考えること、努力すること、この二つをやらないからではないだろうか」と言っています。

天才と競争してはいけない

ただし、優秀な人であっても幼少より才能を発揮していたエジソンのような人を目指してはいけません。脳の仕組みが違うからです。彼のような天才に対抗できるのは優秀な人が束になることです。凡人に生まれたのであれば、天才になることは不可能です。

平凡かつ優秀な素質のある人が目指せるのはよくて優等生までです。そこから先はどれだけ一つのことに時間を割いて努力し続けるかの勝負の世界です。

ほかの楽しみを捨ててでも一つのことをやり遂げるのであれば、努力する価値はあるかもしれません。しかし努力しても無駄なジャンルで努力することほど無駄なことはありません。

凡人が努力するだけ無駄なジャンルとは、音楽やスポーツ、美や数学、物理学、哲学に関する領域です。凡人が努力してもマエストロにはなれませんし、メッシになれません。これらのジャンルには生来的な身体の要素が大きく関係しています。

数学や哲学に挑戦できるのは天才かそれに匹敵する努力を続けられる人だけです。そこそこ優秀な人は彼らの発見したことを一般の人々にわかりやすく伝える役目を担います。

優秀な人ができることは、天才の発見したものを利用することです。

凡人の私が思うこと

すぐれた人は、行き詰った時にあきらめたり他者に頼るのではなく自分で別の方法を試します。私のような凡人は天才たちが考えたことを本で調べて利用するだけです。またはお金を払ってすぐれた人からアイデアを教えてもらいます。凡人にできることはすぐれた人に頼ることです。

エジソンもまた他人の発明を自分の発明に利用していました。天才ですら他人が開発中の発明を参考にしていたのですから、凡人ならなおさら他者に頼らないとうまくいきそうにありません。

努力と思わない

がんばっていると思うとすぐに限界がきてしまいます。「いつもどおり」と思えば大丈夫。努力は続けるものなので、なるべく中程度の気持ちでやると持続しやすいです。感情的になると続けることは難しくなってきます。また、やってる途中で「これが何のためになる」「何の役に立つ」などと思ってもその思いを深刻に受け止めないことです。努力が苦手な人は自分の考えを尊重してしまいがちなので、重要ではない考えなら、そのまま続けたほうが無難です。

やる気は一時的な気分

誰もが毎朝スッキリした気分で起きて、ベッドの中で「さあ今日も一日楽しもう」「今日も元気でがんばろう」などと思いたいものです。しかし現実にそんな気持ちになれる人は恵まれた一部のひとたちだけです。ほとんどの人は学校や会社組織に隷属させられ自分の意思で仕事を決めて生きることはままなりません。仕事が楽しいならともかく、左遷やシフトに入れてもらえない、などの暴力的な脅しを受けながらの労働は楽しくないものです。また、成功しないリスクのある仕事でやる気を出せるのはトップレベルの人たちです。

ともあれ、やる気などというものは恵まれた人にしか起きません。なので行動の動機をやる気に頼ることは、多くの成功しない人たちにとって価値の低い感情です。

何かを成し遂げたいときは、やる気に頼らず無理のない範囲内で少しずつ行動しましょう。

努力を妨げるものへの対処法

勉強や運動などの努力を挫折させる原因について。私の経験ではそれらの努力を終了させる原因は外部環境にありました。隣の住人や家族の騒音、先生や家族の暴力、先生などによる脅し、狭い住宅。これらを避けることは寮にでも済まない限り不可能です。また、アニメやゲームのような嗜好性の高い娯楽も努力を妨げます。そして、内部環境の問題では疲労などの体調による不快感、考えることによる不安や焦り、苛立ちといった感情もまた集中を妨げます。これらの抵抗不可能に思える障害物をどうしたら乗り越えられるのでしょうか。

騒音

人は騒音の中で冷静になることはできません。音が物理的に脳に影響を及ぼすからです。この問題に対処するには静かな場所に移動することです。あるいは静かな時間帯に努力することです。例えば作家が夜に作業をする理由は騒音によるものです。音は思考をかき消して無能化します。

耳が悪くないのによく大声を出す人は無能であることがほとんどです。その人の頭が空っぽだから大きな声が出せるのです。一方で頭をよく使っている人は大声を出しません。

お祭り騒ぎが好きな人は総じて考えることが嫌いな人たちです。

感情

感情もまた努力を妨げる要因です。怒ったり焦ったり、嫌な気持ちになると努力が続きません。感情を行動の動機にできることもありますが、それは健康的ではありません。確かにイチローのように努力の根底に楽しさではなく不安があるような人でも努力することはできます。ネガティブな感情を努力の動機にするためには、人並み以上の忍耐力が必要です。

怒りもまた努力を継続する動機になり得ます。しかし誰もが理性でわかっているように、それは健全な理由ではありません。怒りによる努力は常に罪悪感が生じるので、不健康になるリスクがあります。

喜びや楽しさは努力を継続する動機になります。しかしこれらの感情は一時的な快楽なので時間とともに減ってしまいます。

挫折感は行動エネルギーを減らす感情です。考え直してあきらめるか、続けるかの選択に迫られるので心のエネルギーを消耗する感情です。

努力を継続するためには感情に頼らないで行動することが最もエネルギーを節約できると思います。

忍耐

努力の継続は忍耐しかありません。住宅環境や人間関係などの運命的な要素を避けることは多くの場合、不可能です。それらの努力を阻む原因を耐えるほかありません。でも安心してください。忍耐力をつける方法はたくさんあります。まずは、できるだけ努力を楽しいものと思う努力をします。人は思い方次第で、どんな過酷な環境も乗り越えられます。残念な環境であっても幸福を見出すことで生きる希望がうまれてくるのです。

究極的にいえば、寝る場所、食べる場所、衣服が揃っているだけで古代の人は幸せでした。ですから雨を避けて眠れる場所がありながら不平不満を言うのは古代の人にとっては贅沢です。

嫌な気持ちの原因は命令されるから

例えば「スタバは楽しい場所だ」と思っている若い人がいたとします。確かに私にとってもスタバは楽しい場所です。もし私がお金持ちなら毎日スタバに行ってもいいと思っています。ですが、カフェはリラックスできない場所と思う人もいるのです。同じ環境なのに、人によって正反対の感想が生まれます。

勉強や仕事、スポーツに関しても同じことがいえます。それを面白いと思う人と、そうでない人、中立の人などです。この違いは思い方、つまり幼い頃に感じた感覚が条件反射となって生じているだけの現象です。勉強嫌いの原因は親や祖父母、あるいは先生に虐げられたことによるものです。「勉強しなさい」という言葉は命令です。その言葉に従うことはすなわちその言葉を発した人の奴隷になることです。人には自由を求める心があるので、命令と受け取った人は反発する感情が生じます。それが努力への抵抗の原因となっている嫌な感情のひとつです。

命令されることが多くなればなるほど人間でも動物でも主人に逆らいたくなるものなのです。

自発的にやる

すぐれた親は、子どもが自発的に学習をすすめるように促します。しかし頭の悪い親は子どもに命令ばかりして子どもから自由を奪います。それは社会の人間関係でも同じで無能な人ほど他人に命じます。ですから、努力を続けるためには人付き合いも影響していることを自覚したほうがよいと思います。

裁量の大きな仕事をするためには知識と経験が必要です。良い大学に行くためには親や部活動とは距離を置いてひとりで勉強するまとまった時間が必要です。

すぐれた人は、それに見合わない報酬で仕事を頼まれることを嫌がります。すぐれた人は自ら商品を作って利益を上げることができるからです。

掃除のような家事についても同じことが言えます。家族に命令されるとやる気どころかやりたくなくなります。

それは人間が本能的に自由を求める生き物だからです。