敗者の生き方-勝ち組負け組という価値観にやられる多数の人々

敗者はどう生きればいい?

残念なことに、世の中には経済的な意味で勝者と敗者がいます。お金持ちとそれ以外です。それ以外の人は、病気になって働けなくなると貧困層に転落する人たちのことです。昔の人は、武力でお金を無理やり集めて来ました。現代では法律でお金を無理やり集めています。

スポーツ界で勝者とは、上位1~3位までとなっています。その他大勢は敗北者、すなわち敗者です。実際の試合の場面で敗北感を表す人はそれほどいませんが、テレビなどでは上位3名までを特別扱いして優遇します。スポーツ界で上位3位に入れば収入面でも違います。一応、テレビ写りの良い選手や目立って世間の覚えが良い人も就職することが容易でしょう。小説家の業界でも賞を取った人だけが作品を販売することが可能です。

歴史の勝者は名家の跡取りでしょう。しかし傍流となれば、皇室だとしてもよほどの利権が無い限り貧困層へまっしぐらです。

就職するにしても東大と早稲田、慶応、明治大など名だたる名門出身以外は優良企業の幹部候補になれず無視されます。

医者という特権階級に滑り込むか、経営者となるか、スーパー営業マンになるか、あとはそれくらいしか世の中には選択肢が無いでしょう。

貧乏人に唯一残された選択肢は宝くじか、投資しかありませんが、いずれもギャンブルです。

ほとんどの人は夢をあきらめている

つまるところ、世の中のほとんどの人は夢を実現できませんのであきらめざるを得ません。そもそも競争の舞台に立たない人もいるでしょうし、立ちたくても経てない人もいるでしょう。幼少より本業に勤しんで無いと10位入賞も難しいでしょう。背が低すぎると駆けっこには勝てません。それならはじめから挑戦しないほうがマシかもしれない。競争の無い分野で隙間に滑り込もうと思っても、その隙間ですら激しい競争があります。

例えば、図書館司書や学芸員の資格を持ってる人が世の中にどれくらいいるでしょうか?腐るほどいると思います。作家や芸術家になれなかったから、せめてその周辺で働きたいと思っても落伍者がゴロゴロひしめきあっているのです。そうした地域で誰でもなれる職種で重要視されるのは学歴と知識量と見た目の容姿でしょう。修復技術などの特殊技能があれば尚良いかもしれません。大学事務なんかもスキルが無くても勉強さえできれば誰でもなれるので狭き門ですね。一見競争がなさそうで楽そうな業界ほど、たくさん人が集まるので競争が激しいのです。

スポーツ業界の場合、人を楽しませるレベルに達した人が出場者なので誰が見ても納得です。音楽業界の場合も上手な人に賞が貰えるので実力がそのまま反映されています。しかし、一見公平に見える背景には常に金銭、かかった費用が付きまといます。華道やヨガ道などの芸事もかけた費用が実力と比例します。勉強も同じで凡人は塾に費用をかけないと入試に間に合いません。就職するにしても塾に通わないと有利になりません。

幼少期からの努力で実現できる夢

夢には、幼い頃より親に教えられて短期間で実現する夢があります。スポーツ選手や芸能人、音楽家や研究者、医者、官僚、公務員、大手企業の正社員、職人、漁師、料理研究家、芸術家、建築家、獣医、政治家です。つまるところ、おいしい仕事はすべて幼少期からの親の導きにより実現できるのです。

奴隷階級からの努力で実現できる夢

その一方で貧しさから出発して実現する夢もあります。企業経営者、小説家、作家、投資家、お笑い芸能人、飲食店経営者。飼育員、厩務員、掃除係、世話係lプログラマーなど、ちょっと選択肢が少ないですね。貧しい人の気持ちを知っているからできる職業が多そうです。

どの階級からでも実現できる夢

ここには多くの職業が含まれます。看護師、介護職員、医療福祉関連職、運転手、工員、作業員、農業、時間給労働者など。きつい職業が多いです。労働者の大半がここに属するのではないでしょうか。

勝者の価値観は面白くない

と、これまでは勝った人の立場から物を見て来ましたが、その他大勢にとってこの見方は腹が立ちますね。確かに文化は勝者によって歴史に刻まれ続けて来ましたし、仮にインターネットのwikipediaに自分の名前が載ったとしても現代人の場合は一時的なものでしょう。たとえ皇室や公家という名門の血筋であっても傍系となれば本家から声がかかることもなく、3世代後くらいになると赤の他人。

上から目線の人は、私たちのような敗者にこういいます。「自分のできる範囲で人生楽しみなさい」や「自分のことだけ考えていなさい」と。それは上から目線の言葉ですよね。こうして出る芽は潰れていくのです。なぜならストレスをかけると人間は無力化するからです。ストレスに対処することに時間や気力を奪われるからです。なぜ他人に害されずに育った子だけが有名大学に進学できるのか。それはストレスが無かったからです。

人生後半の幸福とは

人生100年時代なんて、政治家さんがおっしゃいますけどみなさんは長生きしたいですか?誰もが「幸福な人生なら長生きしたい」と答えることでしょう。私もそう思います。ですが人生が楽しい人は、そこそこ楽に生きていられる人は公務員や一流企業に勤めあげた人やビジネスで成功した人たちとその妻子くらいではないかと思います。日本は経済的に豊かなほうですが、大半の人は貧困と隣り合わせで生きています。

何かの縁で結婚できた人は幸せだと思います。ですが、誰でも簡単に就職できた時代とは違う不況の時代に成人を迎えた人にとって若者だった時の人生はとても屈辱に満ちたものでしたし、椅子取りゲームから漏れてしまった人は寂しさや悲しさ、苦しみに耐え続けないといけません。

幸せそうに生きている人がいる一方で、趣味などをするお金もない人、テレビを見ることを趣味とせざるを得ない人がこの社会の仕組みで必ず出て来ます。

一生懸命勉強しても報われるのは奇跡のような極小数派というのが現実です。司法試験に合格できない人は何のキャリアも無いのでどうやって生きていけば良いのでしょうか?公務員合格を目指して来て合格できなかった人は専門性が無いのでどうやって生きていけばよいのでしょうか?若い時に病気になって機会を逃した人はどうやって生きていけばよいのでしょうか?

努力してもただただ時間ばかりが過ぎて行き、あの頃は幸せだたっと思うようになり、幸せが日ごとに減っていき、悲しい別れを繰り返して心を消耗していくのが恵まれない人間の人生というものではないでしょうか。希望が欲しい、救われたい、愛が欲しい!今の世の中ではこれらの願望はお金がないと実現しないのです。この願いを聞き届けてくれる人はいないものなのでしょうか。

何度でも立ち上がるしかない

それでも生きて行かねばなりませんので、何とかしないといけないなと思います。どうすれば、いいのか。これまで何度も何度も瀬戸内寂聴さんやお坊様の本を読んでは心を癒してきました。でもやはり、どんな慰めもお金に勝るものは無いと思うこの頃です。お金があってきょうだいがいれば、独身でも老後が寂しく病弱であっても何とかなるのが今の日本です。ですが、そうじゃない人にとっては厳しい老後が待ち受けているかのように思います。確かに誰かと一緒に暮らしていたとしても、片方や子に先立たれることもあるでしょう。それでも何とか生きて行かないといけない。そんな人たちに対して他の人は何もしてくれません。だから、誰よりも強くなるしか・・・。どこに幸せがあるのかといえば、まだその段階に来ていない時はまだ幸せなのだと思います。死ぬ瞬間まで好きな誰かと一緒にいること、それが人間の幸福なんだと私は思います。

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