人は分かり合えないが体験を共有できる

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親子、きょうだいしまい、夫婦や恋人同士、友人同士で気持ちが分かり合えることがあるだろうか。あるとすれば気持ちのごく一部だろう。他の人の苦労は自分が経験してみないとわからない。あるいはそんな風になったら嫌だなという気持ちになり表面的な同情をする。

人の気持ちは分からなくて当たり前

最も身近な人について考えてみよう。家族や恋人について。あなたはその人の頭の中を理解しているだろうか?何を考えていないかわからないはず。子ども同士の遊びを観察していても、それぞれがそれぞれの事に夢中になっていて一緒に遊んでいる子のことなどこれっぽっちも思ってない。

例えば何か悩みがあって気にしていることがあるとしよう。ほとんどが自分と他の人との関係について悩んでいると思う。同じようなシチュエーションでも全く気にしない人がいる。

学校や職場で何年も長時間同じ時間と場所を過ごしている友人や仲間の気持ちならともかく、離れてしまうと相手が相談を持ちかけてこない限り友人の窮状はわからない。会社を退職したら仲が良かった同僚と二度と会わないことは当たり前といえる。

人間関係の本質はその場限りであるのが自然だ。いくら親しくなっても年賀状で死ぬまでやり取りをしているのは公務員くらいだろう。会っては別れ、会っては別れを繰り返すのが私たちの人生の真実だろう。

親子でも分かり合えない

父がたどってきた歴史と母がたどってきた歴史は別々のものだ。子も親とは異なる性格や文化を持っている。兄弟姉妹でも子どもの頃は喧嘩ばかり。兄と妹は成長するともはや別の生き物であるが運が良ければ良き友人となれる。祖父母となると優しくしてくれる人であっても彼らの何を知っているというのだろう。やはり孫であっても祖父母の生い立ちから死までほとんど何も知らない。それなのに孫は愛されていることを確信して祖父母に甘えては困らせる。

コミュニケーションは表面上のやり取り

遺伝的に親密な関係でも分かり合えないのにコミュニケーション能力があるとは一体どういうことなのだろうか?おそらく日本人に理解されているコミュニケーション能力とは一方的に自己主張をできる人のことだろう。よくしゃべる人を観察してみると、自分のことを延々と話している。よく話す人は友人も多いけど、その友人はコバンザメのように寡黙だ。つまり友人といいつつ親分子分の関係が成立している。

コミュニケーション能力が高い人とは

本当にコミュニケーション能力が高い人というのは人生のドン底を味わった人のことだ。なぜなら人が体験するありとあらゆる苦痛を経験しているから感覚的に他人の苦労がわかるのだ。

そう思ったらコミュニケーション能力を高めようとは思わなくなるだろう。

なぜ結婚するのか

となると、なぜ人は分かり合えないのに結婚をするのか。それはお互いの存在を認め合いたい(孤独から逃れたい)から。共に人生を歩みたい、子孫を残したい、愛し合いたいなど理由はさまざまだ。分かり合えないまま結婚するのだから妥協と居心地のよさが必要だ。お互いに愛があればそれで十分だろうと思うも恋愛ホルモンも3年しか続かない。

人は自分のことすら知らない

子どもが最初に経験する感情は快と不快の二種類だ。眠る時の安らぎだ。食べる・寝るだけの生活からからちょっとした冒険をし始める。そこで世界を知る体験をする。少し成長すると自分の要求を母に突きつけるようになる。少しずつしたいことやしてほしいことが増えて行き子どもは成長する。

子どもは楽しいことしかやりたがらない。成長とともに、やりたくない事は少しずつ増えていく。そこで嫌だという感情を体験する。嘲笑を見て恥という感情を体験する。悪意を覚えるのも小学生からだ。大切な誰かが亡くなるという最初の悲しみを体験するのは10歳未満だろう。

子どもは、大人もそうで基本的に自分のことしか考えていない。友達のことを大切に思えるようになるのは思春期あたりからだろう。

初めて自分に降りかかるストレスを体験するのも子どものうちだ。孤立への恐れと友人関係が最初のストレスだろう。今はインターネットがあるので何らかの解決策が呈示されている。しかし人間関係の悩みは終生続くことになる。

恋や進路、就職とめまぐるしく時が過ぎる。そこで順調に生きることができればどれほど幸せだろうか。何の疑いもなく付き合った人と結婚できればそれが一番幸せだ。

感情の伝染

一人の赤ちゃんが泣くと近くにいた赤ちゃんも泣き始める。それは聴覚で音を受け取り感情が伝染するからだ。その逆はあるのだろうか?一人の赤ちゃんが笑うと近くにいた赤ちゃんも笑い始める。あるいは穏やかなる連鎖もあり得るのか。

私の体験ではすぐ近くで怒っている人がいると、それが他人なら不快になる。親しい人がネガティブな事を言っていると、それを聞いている自分も不安になる。

個人的な経験からは感情は移ると思う。それに対して意見が異なっていない限り。

発言してはじめて気持ちが伝わる

何も考えを言わなかったら他の人に気持ちは伝わらない。他の人に苦しみを告白できるのは安全な環境がある時だけ。自分が悲観しているのとは異なるアイデアを返してくれると安堵できる。それは最も身近な親子関係でも同じ。親祖父母が何を考えていたのか子どもはほとんど知らないはず。

家族でさえロクにコミュニケーションを取っていなくても一緒に行動することで知ったような気になっていた。でもそれは違った。家族というものは体験を共有するだけで感情までは共有していない。

人格を磨く

人と仲良くなるためには自分が成長するしかありません。子どもの頃の私は気が短かく臆病で怠け者でした。この性格がもともとの性格なのか後天的なものかはわかりません。しかし自己内省を繰り返すことで徐々に考え方が変わってきました。

できないことはできるまで努力するか、無能なままそこでやめるかどちらかです。家事も毎日やっていると次第にできるようになりました。人との会話もいつの間にかそれなりにできるようになりました。できないことを習慣にすることで何の苦痛も無くできるようになりました。

自分が成長することで怠け癖も次第によくなりできることが増えました。それはたくさん本を読んだり勉強して人格がより磨かれたからだと思います。

居心地のよい人間関係

幸福とは、お互いに居心地のよい人間関係を作ることです。親子関係や夫婦関係、コミュニティーなどでの人間関係。そのためにはまず自分自身を変えて少しのことで感情を波立たせないようにする必要があります。

として同じ体験を共有するためには、攻撃的な考えを捨てることです。信頼できる人とだけ付き合うことです。自らが信頼に値する人間になることです。

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