本当の友達とは

本当の友達
本当の友達

みなさんは本当の友達について考えたことはありますか?子どもの頃は一緒に話す人や遊ぶ人が友達でした。学校で一緒に過ごしてくれる人が友達です。多くの人が学校で一緒に過ごした人のことを友達として後生大切にしています。しかしそんな関係でも学校を卒業すると離れ離れとなり会う機会がほとんどなくなります。子どもの頃の友達が本当の友達なのでしょうか?

本当の友達について

ネットには本当の友達について次のように書いてありました。

決して裏切らない人が友達である。信頼できる人が友達だ。本音を言い合える人が友達だ。

https://domani.shogakukan.co.jp/414502 , https://kashi-kari.jp/lab/howtolove-friend-real/

決して裏切らないということは「生涯を友達として添い遂げる相手」です。信頼できる人というのは「秘密を第三者に話さない相手」ということです。本音を言い合える人というのは「どんなに汚い気持ちを話ても受け入れてくれる相手」ということです。果たしてそんな親切な友達が現実にいるのでしょうか?

友達のリアル

私の身の周りの人を観察していると、何でも打ち明けられる友人がいる人など皆無です。人は誰でも心に大きな荷物を抱えているものです。人間関係や生活状況の困窮について友達に話せる人など本当にいるのでしょうか?お金や暴力など重要な危機を友達に話せる人がいるのでしょうか?問題を抱えていると自立していない人と見なされ相手にしてもらえなくなるでしょう。

本当に人が誰かに打ち明けたいことというのは、人間関係や金銭や身体の悩みです。それが言える相手こそが本当の友達だと言うのです。

では、それ以外の人は偽物の友達なのでしょうか?それは違います。格下の友達なのでしょうか?それも違うと思います。

本当の友達に忠誠心が必要?

本当の友達の定義に裏切らないとありましたね。それは言い換えると忠誠心です。それって自分のために命を差し出してくれる友達という意味です。確かに私にもそうしてもいいかなと思える人はいます。それはご恩と奉公の関係になってしまっていて私のほうが社会的身分が下だからです。でも逆のことを考えてみれば、私にはそのような忠義心あふれる友達がいたら助けて欲しいくらいです。しかし互いに命を差し出せるような友達は本当にこの世にいるのでしょうか?

学校や職場の友達

組織内における友達は一緒にご飯を食べておしゃべりする関係です。行動する時に一緒にペアになれる人のことです。それが、おかしなことに、小学校の友だちは一生物で、職場では職場限りという区別が日本でなされています。私は退職後に職場の元同僚と会っている人を見た事がありません。老人になってから学校の友達と会っている人も見た事がありません。じゃあ、本当の友達とは何か?という最初の問題に戻ります。

老後の本当の友達

私の周りの人の様子を見てみると、高齢になって友達といつまでも遊んでいる人はまずいません。前期高齢者なら旅行に行く友人などはいるようです。

しかし早期に重病を患ってしまうと、その時点で友達関係は終了です。病気になった人は友達に会いに行けなくなるからです。わざわざ自らが病気であることを友人に知らせますか?両足で歩いて行けるなら打ち明けることもできるでしょう。でもそのような力の無い時は?

私が見た限りでは、高齢者の友達はご近所の人であることが多いようです。学生時代の友だちに、遠路はるばる何度も会いに行けるはずがありません。小学校の友だちにわざわざ電話してまで会いに行く人などもういないでしょう。ならば、本当の友だちとは何なのか?という最初の問いに戻ってしまいます。

今ではネットがあるのでネットで連絡を取り合うこともできます。ですが、会わないのにいつまでもテキストだけの関係でいることが本当に幸せなのでしょうか。

友達も大切だが本当に必要なのは群れる相手

確かに学校や職場など組織内で恥をかかないためには友達が必要だ。だけど、私生活で友達と過ごすことは現代ではかなり難しい。なぜなら友達が生涯にわたり自分が住んでいる場所と同じ地域に居てくれないと共に過ごすことはできないからだ。テキストだけの関係でもいないよりは有難い。しかし本当に私たちが必要としているのは日々を過ごすうえで物理的に助けとなってくれる人である。

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