人はなぜ結婚するのか、したいのか?

人はなぜ結婚するのか、したいのか?がわからない。

人生が順風満帆で自然な出会いがあり、恋愛して結婚に至る人はともかく、世の中はそんな人ばかりではありません。自分ひとりが生きていくだけで精一杯の人たちにとって結婚というハードルは山のように高です。上手に生きられている人が結婚を望むのと、社会で不遇な立場にいる人が結婚を望むのとでは結婚に対する難易度が大きく違います。若い頃よりずっと苦しい人生だった人にとっては結婚という字が見えません。しかし「なぜ人は結婚するのか」で調べてみると、たいていの場合は伴侶とずっと暮らしたい、子どもが欲しい、親や自分の面倒を見てくれる人が欲しい、一人が嫌・・・とあります。つまるところ、恋愛の延長線上に結婚がある人と、助け合って生活を共に送りたいという消極的な理由で結婚に至る人がいます。

ここでは自然に出会って恋愛して結婚したくなった人を除いて、恋愛をせずに結婚したい人の気持ちについて考えてみたいです。

人はなぜ結婚するのか、結婚したいのか?

世の中のテレビドラマや映画では必ず登場人物が恋愛状態となり結ばれるストーリーが描かれています。視聴者もハリウッドスターが演じるようなイケメンや美女との熱烈な情愛に憧れます。女性はモテるために英国王室の女性や有名女優や歌手の化粧や衣服を模倣し写真や映画にあるような場所を訪れ撮影した自分をアピールしたり、男性は英国紳士の真似や、テレビに出て来る模範人物や歌手の服装を模倣します。どれも本能的なもの、というよりはメディアに利用された日本人特有の現象なのかもしれません。

日本では生まれた女児は幼児の頃からままごと遊びやウエディングドレスを来たキャラクターで遊ぶことを教えられます。日本女性は結婚することイコールが幸福だと幼児の頃から刷り込まれます。男児にはそのような遊びは無く、できる限り外で体を動かすことを教えられます。女性は幼い頃より嫁に行くことを親から教えられ、自身もそのことを夢に持ち、何の疑問もなく育つ場合がほとんどでしょう。

結婚へのハードル

ところが、結婚するまでのどこかで人生に躓くと、結婚への憧れはたちまち苦しみに変わります。例えば他の人から害されたり阻害されて人間不信になったり、病気になったり、就職できなかった場合です。その人たちにとって結婚というと同時に苦しい感覚が生じることになります。なぜなら自分が生きていくだけでも精一杯なのに、結婚して幸せな生活を送れる確信が無いからです。

貧困と結婚

それよりも貧困生活を強いられることになるかもしれません。あるいは育った家庭で親が優しくなかったり、貧しさにあえいでいたり家庭環境が良くないと結婚に対する憧れも消え失せます。なぜ仲が良くないのに一緒に結婚生活を送っているのか疑問にすら思います。

結婚と心理

思春期に耐えがたい孤独を経験してそれに苛まれて結婚どころじゃない人もいます。人によっては逃れようのない孤独感や無常感を親のせいにする人もいますが、それは違うと思います。

しかし、こうした疑問や苦悩を一度は持った人でさえ結婚しています。それはどういうことでしょうか?

もちろん、ここでは順調に結ばれた人の話を除いています。

社会から疎外された

私は思うに、結婚できなかった人は高校生までのどこかで深刻な疎外を経験しているのではないかと思います。容貌に関して何かハラスメントを受けたことがあったり。他者にマウンティングされた結果、劣等感情を常に持つようになり、自分でも努力すれば就職や結婚できるんだという自信を喪失させられます。この疎外されたグループに入ってしまうと結婚し難いように思います。就職で疎外されたグループも、同様だろう。あまりの耐えがたさに日本を脱出して実力を認めてくれる国に行く人もいるくらいです。

つまり、日本で順調に結婚するためには学歴や職歴以外に、社会から疎外されたグループに入っていないことが何よりも重要です。何かしらのグループに入っていれば、たとえそれが好ましからぬものでも結婚できるということです。要は自分の存在を認めてくれている群れに属しているかどうかが重要です。

問題は、疎外されたグループ(容貌、体型、職業、身分が低い)に入っている人にとって、結婚とは何なのかということです?

男性が非正規労働者や中途退職者であると生活が苦しい

何か自分で稼ぎがあるわけでもなく、家庭で夫が定職に就いていないと妻や子どもの生活はかなり苦しいものになります。なぜならもしも非正規雇用の男性が家庭を持つと、妻や子以外に母親の面倒も見なければならないからです。恋愛の果てに結婚に至ったなら妻は耐えられるかもしれません。子の人生は苦しいものとなり、幼い頃より苦境に立たされてしまいます。

そして、大手企業に就職していたとしても途中で退職すると大きな仕事が見つかりません。そこからは細々と、好きでもない仕事に就いてやって節約暮らしに耐えるしかありません。独身ならそんな生活でも問題がありません。

でも、たとえ夫が正社員だとしても、子どもや養うべき親族が多すぎると貧困同然の生活となる可能性も。

幸福な生活が思い描けない

絵に描いたような家庭生活を送れるのはドラマの中だけです。人生が順風満帆じゃない人にとって、家庭を築くことはさらに過酷なものとなります。非正規雇用で健康を害せば貧困層に転落します。そんな状況で結婚したいと思うでしょうか?恋愛でもしない限りそんな勇気は出ないでしょう。仮に裕福だとしても、幸福な結婚があるのでしょうか?どうみても夫婦円満には見えない富裕層をテレビでも見かけます。

収入の問題をクリアしたとして、性格の問題があります。猛獣のような人が伴侶や親族に1人でもいると、とたんに家庭は地獄に変わるでしょう。そんな人でも結婚しているというのだから不思議でなりません。浮気性の政治家や芸能人と暮らしている妻も、我慢に我慢を重ねているようにしか見えません。

結婚相手の年齢が高齢すぎても、女性の立場からすると親が亡くなって数年後か、それよりも早くに夫が亡くなったり要介護状態になります。既婚女性の孤独の問題は解消されません。結婚相手が年上の50代であれば、寂しくない結婚生活など30代の女性にとっては夢にも描けません。子がなければ女性にとってはものすごく寂しい人生となってしまいます。

結婚したほがいいのは誰でもわかってる

結婚しなかった人でも、天職にあり付けなければ結婚して子孫を作ったほうが、独身でい続けるよりもいいのはわかっています。それは、本能的な理由からです。どんなに悲惨な世の中であっても、というか、悲惨な世の中であるほど結婚したほうが良いと相場は決まっています。そのほうが本能的に安心だからです。結婚しないことそのものが疎外の原因となり得るからです。つまり、人は孤立することを恐れて結婚に至ります。

日本では結婚時に恋愛中であるかどうかは重要視されません。これは、日本人の幸福度が低い原因のひとつかもしれません。愛は必ず冷めること、それはホルモンで決まっているといいます。そこで別れる人たちは正直者だと思います。恋愛ホルモンが切れた後も何の疑いもなく暮らし続けられる人も幸せ者です。

孤独

人間にとって、物理的孤独というのはとても恐ろしいことです。家に帰っても誰もいません。自分を歓迎してくれる人がこの世に誰もいないのです。アインシュタインでさえ結婚しています。親が生きている間はそれで楽しいかもしれません。兄弟姉妹がいて結婚している場合は一生独身でも問題がありません。共に暮らしていなくても、一人っ子と比べると深刻度が違います。一人っ子が一生独身でいるということは、人生の半分くらいは物理的孤独を味わうことになります。

草木を共とした仏教のお坊さんやキリスト教信者でさえ、弟子と暮らしておりまったくの孤独というわけではありません。お釈迦様でさえたくさんのお弟子がおられ、一緒に暮らしていたのです。瀬戸内寂聴さんだってお手伝いさんを雇っておりまったくの孤独ではありません。孤独についてあれこれ言葉で述べている偉い人たちは、物理的には家族や弟子がいたため孤独ではなかったのです。孤独感を詩にした谷川俊太郎も既婚者なのです。

家族や共に生活する人がいる中で感じる孤独もつらいものがあります。それすらいない状況の人で孤独を言葉にした人がいるのでしょうか?

自信喪失と劣等感

結婚に前向きになれない一番の原因は自信の無さや劣等感でしょう。これらの感情は幼少期より家族や他者によって植え付けられそれに不成功の連続となり長い落ち込みの時期を経た果ての劣等感情が原因かもしれません。それを気にしない人は問題ないが、ダメージを受けた人にとっては奈落の底に突き落とされたような気持ちになります。

自己肯定感が低いと結婚してからも自分だけでなく周囲の人も不幸になります。だが自己肯定感というものは考え方ひとつで高くなるものです。

スキルを身に付ける

結局のところ、結婚に挑むには人に優しくするスキルや怒らないスキル、楽しく過ごすスキル、などなど、数多くのスキルを身に付けておくとそれが自信に繋がるのは間違いなさそうです。何よりも一番必要なスキルが我慢するスキルだと思います。結婚してからも不運に恵まれるリスクがあり、そのリスクを受け入れ我慢することが結婚に最も必要なスキルだといえます。

共同生活

結局、結婚というものは、子が巣立つなどしていなくなれば他人同士の共同生活に過ぎません。仲が良ければそれでいいが、子が巣立つと同時に離婚するカップルも多いです。大体半分くらいのご夫婦が離婚したいのを何らかの事情で我慢しているかもしれません。世の中の夫婦の3分の1は離婚しているのです。

結婚制度は壊れている

そもそも日本の結婚制度は全員を無理やり結婚させるために明治政府が作ったものです。人口を増やして奴隷を増やすために。確かにこの制度によって強制結婚していた時代に人口が爆発しました。本宅には親戚がたくさん集まりにぎやかでした。かなりの女性が台所で袖を濡らしていたはずです。

昭和生まれの人は自分の母さんが一人で泣いていたのを見た人も多いことでしょう。それを見て結婚生活に幻滅した人が増えたためか、誰でも飛行機で往来できるようになると同時にアメリカの価値観が流入したせいかその後は少子化となりました。これまでは日本人女性に離婚の自由はほとんどなかった。制度としては自由だったかもしれません。女性が自立して生きていけないようにしていたのです。

「旦那様」というのは本来娼婦がお客に使ったり召使いが支配者に言葉です。これが現代でも妻が夫を呼ぶ言い方として通用しています。何と愚かなことでしょう。

結婚しづらい職種がある

転勤族や汚い仕事、残業常態化など、結婚に結びづらい職種があります。働くことで精いっぱいで自宅は消耗した体力を回復させるためだけの場所です。実質的に給与以上の仕事をしていることになるので時間あたりの賃金は平均以下、つまり公務員だったとしても奴隷そのものだったりします。

女性でも休めない職種や陰険な職場では結婚することが難しくなります。

これらは労働環境を支配する者の意地の悪さが原因です。

日本の65%の夫婦に愛情が無い可能性

予想通りといいますか、3組に1人が離婚する時代。恋愛感情が無いのに結婚した人も多いようだ。要するに「適当に結婚した」後に男女の愛情が無くなったり、もともと無い事がどこかのサイトに書かれていた。それなのになぜ結婚生活を続けているのか理由は人それぞれなので理解できないが。結婚してから毎日が苦痛でいる人もたくさんいるようだ。あるお宅のお爺様が妻に罵声を浴びせている声を偶然聞いたことがあった。きっとあのお宅もお子様が巣立つまでは奥様のほうが良い妻を演じていたのかもと思う。

ある女性からは若い頃に夫に酷いことを強要されたと聞いた。体育会系のDV夫のようで、子どもが結婚した後も一緒に暮らして遊びに付き合ったりしているようだが、さてはて、その仲までは知ることができない。

別の妙齢の女性は結婚当初からお子さまがご結婚されても尚仲良しだ。熟年になっても夫婦ラブラブのほうが少数派なのは間違いなさそうである。幸せそうで何よりだ。

パパママ私と言う幻想

幼稚園や保育園に行くと、必ずといっていいほどパパママ私の似顔絵を描かされた。何度も何度もその絵を描かされ、小学校に行っても両親や祖父母がいて当たり前の雰囲気だった。私はそのことについては何の疑問も思っておらず、おじいちゃんおばあちゃんがいることが当たり前と思っていた。当時は、今でもその価値観が多数派を占めるのだろう。学校では離婚という言葉が一言も出てこなかった。

だから、子ども心に「家族というものは親が仲良くしていなくてはいけない」という刷り込みがあった。確かにどこのおじいちゃんとおばあちゃんも仲良く暮らしていたように見えた。

中学校に行くと親が離婚したのか、片親の気配がしない友達が何人かいた。愛情が冷めて我慢してきたものの、離婚をし始めるのもそのあたりからなのかもしれない。

愛情が無いのにパパママを演じることがどれほど苦痛なのか、子どもを騙しているのか私には想像することはできない。もはや単に同居しているだけというのは理解できる。中には配偶者に似てしまった子への愛情まで冷める人がいるのも納得。

結婚ガチャ

親ガチャという言葉があるように結婚も「結婚ガチャ」かもしれませんね!ガチャが外れたのに無理して一緒に暮らしているから親ガチャがハズレとなってしまうのだろう。また親にとっても子が期待外れに育つと、それはそれでつらそうだ。親にとってみれが、子ガチャといったところか。それ以外にも、親戚ガチャなんてのもありそうだ。

本当はずっと夫婦でいる方が少数派

各国のデータを見てみると、無理して一緒に家庭生活を営んでいる夫婦がどれくらいいるのか推測できる。だいたい結婚した3割くらいの夫婦が仲良く暮らせていると感じているようだ。統計データからは7割のご夫婦が途中で愛情が冷めてしまうようである。だから既婚者の方々を見る場合は7割くらいが愛情が冷めていると考えられる。

昭和の皆婚制度やみんながやってる通りにやる宗教めいた同調圧力など何かを妄信してずっと一生結婚生活できればそれはそれで幸せなのでしょう。

老後ガチャ

熟年離婚を見聞きしない人はいないかもしれない。子どもが結婚すると同時に親が離婚。女性は家を出てどこか近辺に引っ越して時折孫の顔を見に来る人も。まるで夫の親の介護を期待していたことを見透かしたように。あの奥様も今までよく我慢していたなぁと思う。やはり、ずっと我慢されていたのだろう。

恋愛も結婚も自由

フランスでは半数の人が結婚せずに愛する人と暮らしたりしています。人が一人の人を愛し続けるのは「よほど運のよい人」だけだと私は思います。誰かと付き合っても半分ほどの人が次の人を探します。結婚してもそれは同じで相性というものがあります。

仏国では婚外子の割合も半数近いです。この国ではPACSという社会保所制度があります。婚外子も結婚した子どもと同じ権利があるのです。

恋も愛も永遠ではありません。いずれ相手に関心が無くなる時がやってきます。夫婦の愛情が無くなっても無理して一緒に暮らし続けているのが日本や韓国の人たちです。それは女性に男性と同等の人権が無いからです。

日本人でも結婚後に他の人を恋愛対象として見る人の割合が半分くらいいます。つまりとっくに結婚制度は壊れているのです。

お見合いに幸せはついて来ません。恋愛したとしても結婚となると急に恋心が冷めてします。

統計値から推測すると既婚者の半分ほどがいつ別れてもいい状態で我慢して暮らしていると予想できます。

誰を好きなろうと構わない

世間では失楽園がやってはいけないことになっています。ですが、それ法律で自由が保証されていないから生じるのです。一方的に離縁することができるのがフランスです。モテる人は養育費さえ払えば何度でも結婚したって構わないと思います。

自由な恋愛と結婚を妨げている原因は法律です。養育費を滞納している男性の割合はかなりのものです。女性はこのつらい現実を知っているので嫌でも我慢して結婚している振りをしています。

人間の本質

何度も述べたように、人は恋した相手のことをいつか忘れます。依存心が無い健全な人ほど執着心が無くなります。それはホルモンの仕組みがそうなっているからです。それを無理して暮らしていたのは社会の決め事が結婚を強制していたからです。

ヒトという生き物は多様な遺伝子を残すために別の人を好きになるようにできています。

本当に幸福になりたければフランスやベルギーへ行こう!

恋愛の機会に恵まれず、愛がなければ生きていけないタイプの人は素直にフランスへ移住したほうが良さそうです。なぜ好きでもないのに結婚しているのか理解に苦しみます。やはり私が思った通り、結婚することだけが目的であり心で結ばれることは目的でない人が日本人には多いようです。つまり恋愛する能力が無い日本人が多いようです。それもそのはず、ドラマのような紳士淑女になるにはもとの性格が良ければ良いけれど、それ相応の教育も必要です。今の大学までの教育では社会的なマナーについて学ぶ機会がありません。子にまともな教育を受けさせるのは欧州に行ったほうが良さそうです。

タイトルとURLをコピーしました